壬申戸籍が閲覧禁止になった理由とは?差別問題と昭和43年事件を解説

この記事は、壬申戸籍シリーズ全8本構成の6本目です。

壬申戸籍シリーズ全体の流れや制度の位置づけを最初から確認したい方は、1本目の以下の記事から読むと理解しやすくなります。
壬申戸籍(明治5年式戸籍)とは?日本初の全国戸籍制度の全体像

前回の5本目の記事では、壬申戸籍が全国統一戸籍として大きな意味を持ちながらも、制度としては過渡期の性格が強く、後の戸籍制度へ作り替えられていった流れを解説しました。
壬申戸籍はなぜ改正された?明治19年式戸籍へ移行した理由

今回はその続きとして、壬申戸籍がなぜ現在は閲覧禁止になっているのかを解説します。

壬申戸籍は、日本で最初の全国統一戸籍として歴史的価値の高い資料です。しかしその一方で、現在では一般に閲覧も取得もできない、きわめて特殊な戸籍として扱われています。

その理由は、単に古い戸籍だからではありません。壬申戸籍には、現代社会では公にしてはならないと考えられる情報が含まれており、それが差別問題や身元調査の問題と結びついたからです。

この章では、壬申戸籍が抱えていた記載内容の問題、昭和43年の事件、封印保管措置の意味、そして現在も閲覧できない制度的背景を確認していきます。

目次

壬申戸籍はなぜ特別に危険な戸籍になったのか

壬申戸籍が問題になったのは、そこに書かれていた情報の範囲が広すぎたからです。

前回まで見てきたように、壬申戸籍には

・家族関係
・宗旨
・氏神
・妾や使用人の存在
・附籍
・職業や生活状況
・地域によっては身分的な位置づけをうかがわせる情報

など、現在の戸籍では考えにくい内容まで記録されていました。

つまり壬申戸籍は、単なる身分関係の証明書ではなく、その人がどの家に属し、どの地域に埋め込まれ、どのような社会的位置に置かれていたかまで映し出す戸籍だったのです。

歴史資料として見ると、それは非常に貴重です。しかし現代社会でそれをそのまま開けば、個人の出自や地域的背景、家の歴史をたどる材料にもなってしまいます。ここに、壬申戸籍の危うさがあります。

差別的記載の問題はなぜ深刻だったのか

壬申戸籍が閲覧禁止となる最大の理由は、差別につながる可能性のある記載が残されていたことです。

壬申戸籍は明治初期に作られた制度であり、当時の社会構造や価値観をそのまま引きずっています。そのため、一部地域では、現在の感覚から見れば差別的と評価される表現や、特定の集団を識別する材料になり得る記載が残されていました。ここで重要なのは、問題が単なる昔の言葉遣いにあるのではないということです。

壬申戸籍は、国家が社会を把握するために、人を区分し、家を区分し、地域共同体の内部構造まで記録しようとした制度でした。その結果、後の社会で差別に結びつきやすい情報が、公的記録の中に残ってしまったのです。

つまり壬申戸籍の問題は、古い表現があることだけではなく、公的記録が人の出自や社会的位置づけを探る材料として機能してしまうことにありました。

なぜ戸籍情報が身元調査に使われたのか

壬申戸籍が強く問題視されるようになった背景には、戸籍情報が就職や結婚の場面で身元調査に使われたことがあります。

企業や興信所などが、本人の能力や現在の生活ではなく、

・どこの出身か
・どんな家の出か
・どの地域につながるか
・家族や先祖にどういう背景があるか

を調べるために戸籍に接近することは、現代の感覚では明らかに問題があります。しかし、壬申戸籍のように多くの情報を含む戸籍が閲覧可能な状態にあれば、そうした利用が現実に起こり得ます。

つまり壬申戸籍は、制度としては国家の人口把握のために作られたものであっても、後の時代には個人の評価や扱いを左右する差別的調査の材料になり得たのです。ここで壬申戸籍は、歴史資料であると同時に、社会的危険を持つ資料へと変わっていきます。

昭和43年の身元調査事件は何を示したのか

壬申戸籍の閲覧制限が決定的になった大きな契機の一つが、昭和43年に社会問題化した身元調査事件です。この事件によって、戸籍資料が本人の出自を調べる目的で利用されていたことが強く意識されるようになりました。

ここで重いのは、戸籍が単なる行政文書ではなく、人の人生に直接影響する情報源になっていたことです。本来、戸籍制度は婚姻、相続、親子関係などを公的に証明するための制度です。

しかしその情報が、

・就職させるかどうか
・結婚を認めるかどうか
・社会的にどう扱うか

といった判断材料として使われれば、戸籍制度そのものが差別の補助線になってしまいます。

昭和43年の事件は、まさにその危険を社会に突きつけた出来事でした。壬申戸籍は歴史資料として残っているだけではなく、現実に差別的利用の回路に接続し得ることがはっきり見えたのです。

封印保管措置が取られたのはなぜか

こうした問題を受けて、壬申戸籍は一般の閲覧ができないかたちで封印保管されることになります。

ここでの判断は、単に慎重になったというより、制度の性格を変えたという方が正確です。つまり、壬申戸籍は歴史的には価値がありますが、「公開すると社会的害が大きい」という資料として扱われるようになったのです。このため壬申戸籍は、通常の戸籍のように取得請求の対象にはならず、法務局などで厳重に保管されることになりました。

重要なのは、壬申戸籍が消されたわけではないことです。存在はしている。しかし、存在していても見せない。それが制度上の結論になったわけです。これはかなり重い意味を持っています。

国家が自ら作った公的記録について、「保存はするが公開はしない」という扱いを選ばざるを得なかったからです。

現在も閲覧できないのは過去の問題が終わっていないから

壬申戸籍が今も閲覧できないのは、昔に問題があったからだけではありません。現在でも、その情報が使われれば差別や不利益につながる可能性が残っていると考えられているからです。

もし壬申戸籍を自由に見られる状態にすれば、

・出自の調査
・地域的背景の探索
・家の歴史の掘り起こし

が再び起こり得ます。

つまり壬申戸籍は、歴史の中で一度問題になった資料というだけではなく、今なお公開リスクを持つ資料として理解されているのです。この点で壬申戸籍は、古い制度の遺物ではありません。現代社会の人権感覚と直接つながる問題を抱え続けている戸籍だといえます。

壬申戸籍の問題は戸籍制度の影の部分でもある

壬申戸籍を見ていると、戸籍制度には国家統治の基盤としての強さがある一方で、影の部分もあることが分かります。

戸籍は

・親子関係を証明する
・相続人を確定する
・婚姻関係を公にする

といった面では非常に重要な制度です。

しかしその反面、国家が人と家を細かく把握し、長期間記録として保存する制度でもあります。その記録の範囲が広すぎれば、権利の証明ではなく、差別や不当な調査の材料にもなり得ます。壬申戸籍は、その危険が最もはっきり表れた例です。

つまり壬申戸籍が閲覧禁止になった理由を考えることは、単に一つの古い戸籍の話ではなく、戸籍制度そのものが持つ力と危うさを考えることでもあります。

壬申戸籍は歴史資料であると同時に、公開しないことに意味がある資料でもある

普通、歴史資料には残っているなら見たいという感覚が働きます。しかし壬申戸籍は、それと同じ感覚では扱えません。なぜなら、壬申戸籍は、「近代国家形成の出発点を示す資料」であると同時に、「公開しないことで初めて現代社会に適合する資料」でもあるからです。

これはかなり特殊です。歴史を知るうえでは価値がある。だが、その価値を理由に公開すれば、人を傷つける可能性がある。この緊張関係の中で、壬申戸籍は今も封印保管されています。

この点を理解すると、壬申戸籍の取扱いは単なる行政上の細かいルールではなく、歴史と人権の衝突点にある問題だと見えてきます。

まとめ

壬申戸籍が閲覧禁止になったのは、単に古い戸籍だからではありません。

その背景には

・差別につながる可能性のある記載が残されていたこと
・戸籍情報が身元調査に利用されたこと
・昭和43年の事件を契機に社会問題として強く意識されたこと
・公開すれば現在でも不利益につながる可能性があること

があります。

つまり壬申戸籍は、日本初の全国統一戸籍として歴史的に重要である一方で、その記載内容ゆえに公開しないこと自体が制度の一部になった戸籍でもあるのです。

この経緯を理解すると、戸籍制度は単なる行政手続ではなく、社会の価値観や人権意識の変化とともに見直されてきた制度であることがよく分かります。

次の7本目の記事では、壬申戸籍がその後の戸籍制度とどのように違うのか、取得できる戸籍との境界を確認しながら、古い戸籍制度の全体像を解説していきます。
壬申戸籍と明治19年式戸籍の違いとは?制度・記載・取得可否を比較

相続の戸籍まわりの全体像は
相続の戸籍の集め方と必要書類|解説記事一覧
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