この記事は、壬申戸籍シリーズ全8本構成の7本目です。
壬申戸籍シリーズ全体の流れや制度の位置づけを最初から確認したい方は、1本目の以下の記事から読むと理解しやすくなります。
壬申戸籍(明治5年式戸籍)とは?日本初の全国戸籍制度の全体像
前回の6本目の記事では、壬申戸籍が歴史資料として重要である一方で、差別問題や身元調査と結びついた結果、現在は閲覧できない戸籍として封印保管されていることを解説しました。
壬申戸籍が閲覧禁止になった理由とは?差別問題と昭和43年事件を解説
今回はその続きとして、壬申戸籍と明治19年式戸籍の違いを解説します。
ここまでシリーズを読んできた方は、壬申戸籍が日本初の全国統一戸籍でありながら、過渡期の制度でもあったことが見えてきたはずです。ただ、壬申戸籍の特殊さは、それだけではまだ十分につかみ切れません。本当に輪郭がはっきりするのは、その次に作られた明治19年式戸籍と並べて見たときです。
壬申戸籍と明治19年式戸籍を比べると、
・国家が何を戸籍に書こうとしていたのか
・何を切り落としていったのか
・どこから現在の戸籍制度につながる形になっていくのか
がかなり見えやすくなります。
壬申戸籍と明治19年式戸籍はどちらも古い戸籍だが役割はかなり違う
壬申戸籍も明治19年式戸籍も、現代から見ればかなり古い戸籍です。そのため、どちらも同じような「昔の戸籍」として一括で考えられがちです。しかし実際には、この2つは制度としての性格がかなり違います。
壬申戸籍は、明治政府が最初に全国民を一つの制度で把握しようとして作った戸籍です。そこでは、家、地域共同体、生活実態まで含めて社会を広くつかもうとする発想が強く出ていました。一方、明治19年式戸籍は、そうした最初期の試行錯誤を経たあとで、より安定した国家制度として再設計された戸籍です。
言い換えると、「壬申戸籍は出発点」、「明治19年式戸籍は再設計後の形」、という関係にあります。この違いを押さえると、古い戸籍制度の流れがかなり見えやすくなります。
制度思想の違い 壬申戸籍は社会全体を抱え込み、明治19年式戸籍は法制度に寄せていく
両者の最も大きな違いは、制度思想です。壬申戸籍は、日本で初めての全国統一戸籍として、国家が社会を広く把握しようとした制度でした。
家族関係だけでなく、
・宗旨
・氏神
・家の内部関係
・従属関係
・職業や生活状況
まで、かなり広く書き込もうとする方向が見えます。
つまり、壬申戸籍は、家と人と地域を丸ごと国家の視野に収めようとした制度でした。これに対して明治19年式戸籍では、戸籍に書くべき情報の範囲が次第に絞られていきます。国家が人を把握すること自体は変わりませんが、その把握の仕方が、より制度として扱いやすい方向へ寄っていくのです。
ここで重要なのは、国家が家を重視することをやめたわけではない、という点です。家は引き続き重要です。ただ、家の実態を何でも戸籍に書くのではなく、法制度として安定して運用できる範囲に寄せていったのが明治19年式戸籍でした。
記載内容の違い 壬申戸籍の方がはるかに生々しい
記載内容の違いは、両者の差が最も分かりやすく出るところです。
壬申戸籍では、前回まで見てきたように、
・宗旨
・氏神
・妾
・使用人
・附籍
・職業や生活状況
など、現在の戸籍ではまず考えられない情報まで登場します。これは、壬申戸籍が単なる身分記録ではなく、家や地域社会の実態を映し出す制度だったからです。
一方、明治19年式戸籍になると、戸籍に書かれる内容は、より戸籍らしいものへ寄っていきます。もちろん現代の戸籍とまったく同じではありませんが、壬申戸籍に比べると、
・何を戸籍に載せるのか
・どこまでが公の記録なのか
の線引きがかなり明確になっていきます。
つまり、壬申戸籍は社会の実態を広く書き込みすぎていた戸籍であり、明治19年式戸籍はそれを国家制度として扱いやすい方向に絞り込んだ戸籍だといえます。
壬申戸籍は「見ると当時の社会が分かる戸籍」、明治19年式戸籍は「制度として使う戸籍」に近づいた
この違いは、読んだときの印象にも表れます。壬申戸籍は、その記載内容から当時の社会の空気や共同体の構造がかなり見えてきます。戸籍を読んでいるのに、家の中の関係、地域の空気、宗教的所属まで見えてくる。そこに、壬申戸籍の面白さがあります。
しかし、制度として見れば、その面白さは同時に不安定さでもありました。何でも書ける戸籍は、国家制度としては扱いにくいからです。
明治19年式戸籍は、その点でかなり違います。もちろん古い戸籍なので今の感覚では読みにくいのですが、壬申戸籍ほど生活の生々しさを抱え込んではいません。国家が長く使う制度として、より安定した方向へ寄せていった戸籍です。
この意味で、
壬申戸籍は社会の実態が見えすぎる戸籍
明治19年式戸籍は国家制度として使いやすくした戸籍
と考えると、違いがつかみやすいです。
取得可否の違いは実務上きわめて大きい
制度理解だけでなく、実務上かなり重要なのが取得可否の違いです。壬申戸籍は現在、一般に閲覧も取得もできません。封印保管されており、通常の戸籍のように請求することはできません。
これに対して、明治19年式戸籍は古い戸籍ではあるものの、現実の相続実務で問題になる戸籍です。保存されているものであれば、請求対象になり得ます。この違いはかなり大きいです。
壬申戸籍
・歴史的には重要
・しかし実務では取得対象にならない
明治19年式戸籍
・古いが実務で取得対象になる
・相続人確定や出生までの遡りで実際に問題になる
つまり、古い戸籍制度を学ぶうえでは両方重要ですが、実務で本当に手を動かす対象になるのは明治19年式戸籍の方です。
壬申戸籍は封印保管、明治19年式戸籍は保存制度の中で扱われる
取得可否の違いの背景には、保存制度の違いもあります。壬申戸籍は、差別問題や身元調査との関係から、一般公開されない特別な戸籍として扱われています。つまり、残っていても見せないことが制度の一部になっています。
一方、明治19年式戸籍は、古い戸籍として保存制度の中で扱われます。もちろん永久に自由に取れるわけではなく、保存や管理の問題はありますが、壬申戸籍のように「見せないこと」が制度の本質になっているわけではありません。
この違いは、戸籍制度の歴史がどこで大きく折れたのかを示しています。壬申戸籍は、現代社会の価値観と直接衝突するため、制度史の中でも特別に外へ出せない戸籍になりました。明治19年式戸籍は、そこから一歩進んで、現代の戸籍制度へつながる系譜の中で扱われる戸籍になったのです。
現代戸籍制度への連続性は明治19年式戸籍の方が強い
現代の戸籍制度にどちらが近いかといえば、明治19年式戸籍の方です。
もちろん、明治19年式戸籍も今の戸籍とはかなり違います。家制度の色は濃いですし、戸主中心の発想も残っています。しかしそれでも、戸籍を国家制度としてどう安定運用するかという視点では、壬申戸籍よりかなり現代に近づいています。
壬申戸籍は、国家が社会を広くつかもうとした最初期の制度であり、そこには過渡期らしい不安定さがあります。明治19年式戸籍は、その不安定さを踏まえて再設計された制度です。
そのため、現代戸籍制度への連続性を考えるときは、
壬申戸籍→ 出発点
明治19年式戸籍→ 実務的な系譜の始まり
と考えると分かりやすいです。
相続実務ではなぜ明治19年式戸籍が重要になるのか
相続実務では、壬申戸籍よりも明治19年式戸籍の方がはるかに重要です。理由は単純で、壬申戸籍は取得できないからです。
相続では、被相続人の出生から死亡までの戸籍を追っていきますが、その「出生から」は、実際には取得できる戸籍の範囲でたどっていくことになります。そのため実務では、最も古くて現実に問題になる戸籍として、明治19年式戸籍が重要になります。
ここを知らないと、
・もっと前まで取らないと足りないのではないか
・壬申戸籍がないと出生まで確認できないのではないか
と不安になりやすいです。しかし、実務上はそうではありません。取得可能な古い戸籍の起点として、明治19年式戸籍以降を見ていくことになります。
この点で、壬申戸籍と明治19年式戸籍の違いを理解することは、制度史の理解だけでなく、相続実務の安心にもつながります。
比べてみると壬申戸籍はかなり特殊な戸籍だったことが分かる
壬申戸籍だけを見ていると、それが古い戸籍制度として自然な姿に見えることがあります。しかし、明治19年式戸籍と比べると、壬申戸籍がかなり特殊な戸籍だったことがよく分かります。
・記載内容が広すぎる
・社会の実態を抱え込みすぎる
・地域差が大きい
・現代では公開できないほどの問題を抱えている
こうした特徴は、壬申戸籍を単なる古い戸籍ではなく、制度史の中でもきわめて特殊な位置にある戸籍にしています。つまり、壬申戸籍は「古い戸籍の一種」ではなく、日本の戸籍制度がどこから始まり、何を抱え込み、なぜ作り替えられていったのかを最もはっきり示す戸籍なのです。
まとめ
壬申戸籍と明治19年式戸籍は、どちらも古い戸籍ですが、その性格はかなり違います。
壬申戸籍は
・社会の実態を広く抱え込んだ最初期の全国戸籍
・歴史資料として重要だが現在は取得できない戸籍
・現代の価値観と強く衝突する特殊な戸籍
でした。
これに対して明治19年式戸籍は
・壬申戸籍の問題を踏まえて再設計された戸籍
・より統一的で法制度に寄った戸籍
・現代の戸籍制度につながる系譜の中で実務上重要になる戸籍
です。
この違いを理解すると、古い戸籍制度の全体像がかなり見えやすくなります。そして、相続実務でなぜ明治19年式戸籍以降を追えばよいのかも納得しやすくなります。
次の8本目の記事では、壬申戸籍の歴史を踏まえたうえで、最後に相続実務の視点から、取得できない戸籍をどう考えればよいのかを解説していきます。
壬申戸籍は相続で必要なのか?取得できない戸籍の実務判断
相続の戸籍まわりの全体像は
▶相続の戸籍の集め方と必要書類|解説記事一覧
にまとめています。他のケースや手続きも含めて確認したい方は、あわせてご覧ください。
