戸籍制度はいつからある?古代から現在までの歴史の流れを解説

戸籍を取り寄せる場面では、

・戸籍制度はいつからあるのか
・なぜ明治や大正の古い戸籍が今でも必要になるのか
・昔の戸籍はなぜ現在の戸籍と構造が違うのか

と疑問に感じることがあります。

現在の戸籍制度は、出生・婚姻・離婚・死亡などの身分関係を公的に証明する制度として使われています。しかし、この制度は最初から今の形だったわけではありません。
日本の戸籍制度は、古代に原型が生まれ、近代国家の成立の中で全国的な制度として作り直され、戦後の法改正によって現在の形へと大きく変わりました。

この記事では、日本の戸籍制度がいつからあるのかを、古代から現在までの大きな流れに沿って分かりやすく解説します。

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目次

戸籍制度の始まりは古代にある|原型は律令国家の時代に作られた

日本における戸籍制度の起源は、7世紀後半の律令国家の時代までさかのぼります。当時の国家は、租税や兵役の前提として、人々を把握する必要がありました。そのために作られたのが、戸籍にあたる台帳です。

代表的なものとして、670年に作成されたとされる「庚午年籍」が知られています。ただし、この時代の戸籍は、現在のように婚姻関係や親子関係を証明する制度ではありません。主な役割は、国家が人口を把握し、統治に利用することにありました。

つまり、戸籍制度の原型は古代にありますが、今の戸籍とは目的も性格もかなり異なっていました。

古代の戸籍がそのまま現在まで続いたわけではない|中世には全国的な制度として弱まった

「戸籍制度は古代からある」と聞くと、古代の仕組みがそのまま今まで続いているように思うかもしれません。しかし、実際にはそうではありません。律令制度が衰退すると、国家が全国の人々を統一的に把握する仕組みも次第に弱まりました。平安時代以降、古代の戸籍制度はしだいに形骸化し、中世には全国共通の制度としてはほぼ機能しなくなります。この点はかなり重要です。

日本の戸籍制度の歴史は、「古代に原型が生まれる」→「中世に全国的な制度としては弱まる」→「近代に入って再び全国的な制度として作り直される」という流れで見る必要があります。

この流れを押さえると、「戸籍制度の起源は古代にある」ことと、「現在につながる戸籍制度は明治以降に本格的に整えられた」ことの両方が無理なく理解できます。

江戸時代には宗門人別改帳が作られた|近代戸籍制度の前史として重要

中世のあと、江戸時代になると、幕府は人々を把握するために「宗門人別改帳」を作成しました。もともとはキリスト教の取り締まりを目的とした制度ですが、実際には住民の居住状況や家族構成を確認する役割も持ち、住民台帳に近い機能を果たしていました。

ここで重要なのは、家を単位として人を記録する発想が強かったことです。この考え方は、後に明治時代に整備される近代戸籍制度にもつながっていきます。

古い戸籍に家や戸主を中心とする構造が見られる背景を考えるうえでも、江戸時代の住民把握の仕組みは重要な前史です。

現在につながる戸籍制度は明治時代に作られた|近代国家の成立とともに全国制度へ

現在の戸籍制度の直接の出発点は、明治時代です。明治政府は、中央集権的な近代国家を作るために、全国民を統一的に把握する制度を必要としました。その中で整備されたのが近代戸籍制度です。

1871年(明治4年)には「壬申戸籍」が作成され、全国規模で戸籍制度が導入されました。これによって、日本全国で人々の身分関係を把握する土台が作られます。さらに、1898年(明治31年)の民法施行を前後して、家制度を前提とした近代戸籍制度が本格的に作られていきました。この時代の戸籍は、戸主を中心とする家単位の仕組みで作られており、現在の戸籍とは考え方がかなり異なります。

現在の戸籍制度の歴史を考えるとき、明治時代は「今につながる制度が全国的に作られた時期」として非常に重要です。

家制度や戸主制度の詳しい内容については、以下の記事で解説します。
家制度とは?戸主制度との違い・現在の戸籍制度との違いを解説

戦後の法改正で戸籍制度は大きく変わった|現在の戸籍はここで形作られた

日本の戸籍制度でもう1つ大きな転換点になるのが、戦後の制度改革です。

1947年(昭和22年)の民法改正と、1947年制定・1948年施行の新しい戸籍法によって、戦前の家制度は廃止されました。これにより、戸籍は家全体を単位とする制度から、夫婦とその氏を同じくする子を基本単位とする現在の制度へと大きく変わります。

つまり、日本の戸籍制度の歴史は、

  • 古代に原型が生まれ
  • 明治に近代制度として全国化され
  • 戦後に現在の形へと大きく変わった

この3段階で見ると、全体像をつかみやすくなります。

戸籍制度の歴史を知ると現在の戸籍も理解しやすくなる|古い戸籍が残る理由も見えてくる

現在の戸籍制度だけを見ると、
・なぜ古い戸籍は今と書き方が違うのか
・なぜ戸主や家を中心とした記載が出てくるのか
・なぜ時代によって戸籍の構造が変わるのか
が分かりにくいことがあります。

しかし、ここまで見てきたように、戸籍制度は、「古代に原型が生まれ、明治に近代制度として作られ、戦後に現在の形へと変わった制度」です。この流れを押さえておくと、現在の戸籍制度は最初から完成していたものではなく、長い歴史の中で形を変えながら続いてきた制度だと分かります。

そして、古い戸籍が今でも意味を持つ理由や、時代ごとに様式や構造が違う理由も理解しやすくなります。

現在の戸籍制度の仕組みそのものについては、次の記事で詳しく解説します。
現在の戸籍制度とは?仕組み・本籍地の意味・住民票との違いを解説

戸籍収集にお困りの方へ

戸籍制度の歴史を知っておくと、古い戸籍が出てきたときに戸惑いにくくなります。ただ、実際の相続手続きでは、制度の歴史が分かっていても、戸籍収集そのものが難しいことは少なくありません。たとえば、

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まとめ

日本の戸籍制度の起源は古代の律令制度にあります。ただし、その仕組みがそのまま現在まで続いてきたわけではありません。
中世には全国的な制度として弱まり、江戸時代の住民把握の仕組みを経て、明治時代に現在につながる近代戸籍制度が全国的に作られました。そして戦後の法改正によって、現在の戸籍制度へと大きく変わっています。
戸籍制度は、古代に原型が生まれ、明治に全国制度として作られ、戦後に現在の形へと変わった制度です。

まずはこの大きな流れを押さえることが、戸籍制度全体を理解する出発点になります。

相続の戸籍まわりの全体像は
相続の戸籍の集め方と必要書類|解説記事一覧
にまとめています。他のケースや手続きも含めて確認したい方は、あわせてご覧ください。

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